「ミクロサイト学①」への疑問

今回は雑談掲示板にてメッセージを頂いたぽぽすさんに折角だから日記ついでにお返事しようかと。


「ミクロサイト学①」
http://www.geocities.co.jp/HiTeens-Penguin/4875/katari121.html

拝読致しましたが、失礼ながらちょっと無理があるのではないかと思います。

アクセスの流れが市場経済に例えられる場面はよく見受けます。しかしまったく相違点を気にせずに応用できるほど2つは似通ってはいません。

今回モチーフにされたのは需要・供給曲線のようですね。
確かに”更新曲線”の「アクセス数が増えれば、更新者はさらに手間をかけて面白い情報を供給しようとする」という点は、供給曲線の「高い価格が設定できれば、供給側はより多くの利潤を得るために供給量を増やす」という点に似ているかもしれません。
しかし、”閲覧曲線”の「とある面白さならば見に行っても良いという需要側の意思」を数量で表した場合、需要曲線よりむしろ供給曲線に沿うような形で描かれなければならないのではないでしょうか?何故ならアクセス数が多いサイトほど、=「面白い」という印象を与え、「見に行っても良いという需要側の意思」は高まり、さらにアクセスが増えるはずです。あの”閲覧曲線”ではアクセス数が多ければ多いほど誰も見に行きたくなくなるという結果になります。

つまり前提が間違っている、ということになります。


あと、ここまで文章を書いてみて、どうも需要供給曲線と比較した場合、おかしいなと思ったのですが、必要十分条件というか、因果関係の順番がおかしいようなのです。ぽぽすさんは最初、更新曲線を


とあるアクセス数があるのならばこれだけの手間をかけ面白いものを更新しようという供給側の意思を示した曲線
と定義されていますが、以降の文では”とある手間がかかったこと”を前提にアクセス数という量を決めています。矛盾です。

私は経済学に関してはド素人ですが、需要供給曲線の場合は最初に「価格」が設定され、それによって「需要量」「供給量」が決定し、その過不足によって市場原理による調整が働き、適正価格へと落ち着く、という風に理解しておりますがどうでしょう。

「価格が上がるから供給量が増え、需要量が減る」
であって、決して
「供給量が増えるから価格を上げる」「需要量が増えるから価格が下がる」
ではありませんよね?

私は以上のように感想を持ちましたがいかがでしょうか?もしお暇でしたら私の錯誤などのご指摘よろしくお願いします。

あと、図表にはタイトルをつけられた方が、本文中及び引用者が図表を指すときに便利だと思いますよ。